第六話

森永と出逢ってから8年目の秋、僕らは共に、東京タワーでコレクションを発表することになった。

僕にはどうしてもオファーしたいモデルさんがいた。
それは、ファッション誌に出てるようなモデルさんでもなければ、おしゃれタレントさんでもない。他でもない、僕ら男子にとっての永遠のアイドル、「AV女優」さんだ。
話を聞いてもらいたい相手として真っ先に浮かんだのは、高橋がなりさんが創業した「ソフト・オン・デマンド」というアダルトビデオの会社だった。むかしやってた「マネーの虎」というテレビ番組で、根拠の無い自信に溢れる若者たちに惜しみなく投資するがなりさんのお姿を観て、ぐっときたからだった。こんな自分でも「ひょっとしたらなんとかなるんじゃないか」と勝手に勇気をもらってた。
とはいえ、何のつてもないので、DVDのパッケージに載ってた電話番号にとりあえず電話してみることに。電話口の反応は決して芳しくなかったが、こっちの熱意を汲んでくれ担当の方がなんとか会ってくれる運びになった。
意味不明な自作の企画書を持参し、ドキドキしながら新中野にある本社に向かった。ロビーに通されると、そこには当時発売したばかりの「TENGA」がうず高くつまれており、そのTENGAタワーの凛とした佇まいに、僕らがこれから挑む舞台である東京タワーのイメージを重ね合わせた。
お話を聞いて頂いたのは、広報担当の前川さんと杉浦さん。お二人は、緊張して自分でも何をしゃべっているのかわからない僕の話に、真剣に耳を傾けてくださった。

結果、夏目ナナさん、かすみ夏穂さん、北川絵美さん、市川由衣さんという錚々たる女優陣がランウェイを歩いてくれる、 という信じられない展開に。涙が出た。

今でも時々、あの日のことを思い出す。
服をつくりたくて、服をつくり始めたんじゃない。
着てもらいたい人がいたから、服をつくり始めたんだ。(つづく)

第五話

文化を卒業した僕は、就職はせず、アルバイトをしながら服作りを続けていた。

池袋の廃校になった小学校で、軍モノの服を解体してランジェリーとごちゃまぜにした服を発表したのもこの頃。
その発表を観に来てくださった装苑の関さんから電話があり、なんと僕の服を次号の誌面で取り上げて頂けることになったのだ。
発売日、開店と同時に本屋さんに行って、その装苑を10冊も購入してしまった。小さな記事だったけれど、僕にとってはとても大きくて価値があるものだった。
何かが始まる予感がした。

ほどなくして、その小さな記事を見つけてくれてたあるスタイリストから、電話がかかって来た。「一度服をみてみたい」とのこと。
初めて聞くその人の声はとても優しくかわいらしかった。 なんだか夢みたいな話だと思った。僕の部屋の壁に貼られた切り抜きのほとんどは、その人がスタイリングしたページだったからだ。

人と人とのつながり。つないでくれたのは、服。
2003年7月、梅雨明け間近、僕はあの人にみつけてもらえたんだ。

第四話

僕は文化の三年生になったけど、あいかわらず彼女はいない。

文化服装学院と建物的にはつながっている文化女子大学。
でも僕自身はつながれなかった、文化女子とは。

12階学生ホール。
文化女子と僕ら学院生が交わる奇跡の交差点。
しまいには、12という数字をみるだけでも、ときめいてた。

今日は、あの娘に逢えるかな。
エレベーターに乗り込み、用も無いのに12のボタンをおしたっけ。

第三話

2000年春、僕は早稲田大学を卒業し、文化服装学院に入学した。
大学時代はろくにしなかったバイトも、学費の為に頑張った。
クラスは女の子ばかりという人生初の環境に戸惑いつつも、大学時代にまったく勉強しなかった反動なのか、文化の学生時代はとにかく真面目に勉強した。23歳、出遅れてしまったという焦燥感を感じながら。
授業が終わりクラスメートが帰った後、学生ホールに独り残り、パターンを引いた。校内の消灯時間になっても止めなかったので、警備員さんからは「早く帰りなさい」と毎回のように注意されてた。終いには、僕の姿を見るなり、何も言わず電気を消されたこともあったけ。悪いのはもちろん僕なんだけど、何故だかあの時は警備員さんにキチンと謝ることができなかった。ひねくれた情熱の矛先は、真っ暗闇のなか、どこに向けられていたんだろう。

2000年秋、僕は大学の後輩たちが主催した合同ショーに参加させてもらった。ショーが終わった後、もっとああすればよかったこうすればよかったと後悔にまみれて楽屋でぼーっとしてると、「あなたが神田くん?」と、ある女性が僕のところにやって来た。歳はおそらく僕の母親と同じぐらいで、黒いサングラスをかけていた。その人は、「よかったわ」とだけ言い残し、名刺を置いてそそくさと帰ってしまった。名刺には「装苑編集長・関直子」と書いてあった。あまりの驚きに、思わず二度見してしまった。僕は装苑が大好きだった。毎月欠かさず買って読んでいて、気に入ったページがあれば切り抜いて、部屋の壁にぺたぺた貼ったりするぐらいに。

憧れてた向こう側の世界。その扉は、ある日突然、僕の目の前に現れた。まるで、どこでもドアみたいに。

第二話

目の前には、服があった。
大学四年生の夏、僕は電車の中でファッション・ショーをやることに決めた。
吉祥寺と渋谷をむすぶあの電車で。

1999年7月4日、ショー当日。大学の友人や後輩たちがスタッフとして集まってくれた。その中には、当時一年生だったアンリアレイジの森永もいた。
集合場所は、吉祥寺駅。普段人気のない日曜夜の上り列車ホームは、ショーを観に来てくれた人たちでごった返していた。
190円の乗車券が、あのショーのチケットだった。
音響設備なんてないので、ショーの音楽はラジカセから流すことに。そのラジカセは森永たちが持ってくれることになった。

21時47分、定刻通り、お客さんと僕らを乗せて電車が走り出す。
電車内の通路をランウェイに見立て、モデルの女の子たちがよろめきながら車内を歩く。スポットライトはもちろん無いんだけど、車内の蛍光灯にぼんやり照らされた女の子たちは、不思議とまぶしく見えた。
日常の中の非日常。面白きこともなき世を面白く。
服を使っての僕らの精一杯のいたずら書きだった。

ショーが終わった直後、僕は鉄道警察に捕まって、取り調べ室でこっぴどく怒られた。そりゃそうだ。後日、鉄道会社の本社まで赴き、あらためて謝罪をして、なんとか許してもらえた。僕は犯罪者にならずに済んだ。

僕の未熟な服は、あの日あの場所に、置いてけぼりにされてしまった。
あの日を境にして、別に世界なんて変わらなかった。ただひとりを除いて。

季節は移ろい、1999年の夏が終わった。
やがて森永も服をつくり始めた。

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