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第一話

大学三年生、僕は21歳。大学の授業にもろくに出ず、バイトも長続きせず、彼女も出来ず、将来の夢もなく。
何かしなくちゃいけない。でも何をどうすりゃいいか、さっぱり分からなかった。

僕がファッションと出逢ったのはその頃だった。
空っぽだったコップに、溢れんばかりの服が注がれた。
寝ても醒めても、服のことで頭がいっぱいになった。
コム・デ・ギャルソン、マルタン・マルジェラ、ヴィヴィアン・ウエストウッド、アンダーカバー、フセイン・チャラヤン、クリストファー・ネメス、シンイチロウ・アラカワ、マーク・ル・ビアン…。
すばらしいデザイナーたちの世界に触れ、衝撃を受ける。

欲しい服を次から次へと買い漁った。褒められた話しじゃないけど、服を買う為に親に内緒で学生ローンで借金までした。
つきつめていくと、憧れたデザイナーたちは皆、メンズよりレディースに力を入れていることに気付き、スカートやワンピースにも手を出した。今の僕の格好からすると到底想像できないからだろうか。この話しをすると、嘘でしょ?と言われるんだけど、本当の話し。女装願望があったわけじゃない。ただ、デザイナーの想いを着たかったんだ。

毎日のように原宿に通った。
週末の遊歩道ではゲリラで路上フリマが催され、服を通して色々な人と出逢うことができた。
新潟から上京して来たばかりの唇に安全ピンを刺した少年と出逢い、友達になった。彼は後に我が社の取締役となる。
原宿のディシプリンという古着屋さんでは、オーナーの平川武治さんが僕ら学生たちに色んなお話を聴かせてくれた。
平川さんが小さなお声で話す言葉ひとつひとつを聞き漏らすまいとメモをとった。

当時好きだった女の子に、僕は自分でつくった服をプレゼントしたい、と思うようになっていた。
僕はただ服が好きなだけで、別に服をつくること自体に興味があったわけじゃなかったのに。不思議な話しだ。自分でもどうかしてるぜと思った。

誰かに認めてもらいたくて始めたんじゃない。
ただ、あの娘にみとれてたら始まってたんだ。

知人から譲り受けた文化服装学院の教科書を片手に、独学で僕の服づくりが始まった。
生まれてはじめて手にしたミシンはJUKIのSPURで、僕らは意気投合してこの後十年以上も連れ添うことになる。
パターンなんてろくに引けないくせに、服飾学生がみんな持ってた「アジャスターケース(通称・バズーカ)」を購入。
意気揚々とバズーカを装備して、僕の冒険の旅は始まった。
ケースの中に入れるパターンはまだなかったけど、チラシの裏に描いた、つくってみたい服の構想メモをたくさん詰め込んで。

やがて完成した一着のワンピース。
けれど、あの娘を目の前にしたら、頭が真っ白になって結局渡すことができなかった。

人生に映画やドラマのような展開なんてそうそう待ち受けていない。
張られた伏線は、余裕で回収されないんだと思い知る。

心にぽっかり空いた穴をふさごうと、その後も服をつくり続けた。
まるで、机の引き出しの奥に溜まった「渡せなかったラブレター」みたいな服。
僕の目の前には、服だけが残った。

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