« 2012年12月 | トップページ

第六話

森永と出逢ってから8年目の秋、僕らは共に、東京タワーでコレクションを発表することになった。

僕にはどうしてもオファーしたいモデルさんがいた。
それは、ファッション誌に出てるようなモデルさんでもなければ、おしゃれタレントさんでもない。他でもない、僕ら男子にとっての永遠のアイドル、「AV女優」さんだ。
話を聞いてもらいたい相手として真っ先に浮かんだのは、高橋がなりさんが創業した「ソフト・オン・デマンド」というアダルトビデオの会社だった。むかしやってた「マネーの虎」というテレビ番組で、根拠の無い自信に溢れる若者たちに惜しみなく投資するがなりさんのお姿を観て、ぐっときたからだった。こんな自分でも「ひょっとしたらなんとかなるんじゃないか」と勝手に勇気をもらってた。
とはいえ、何のつてもないので、DVDのパッケージに載ってた電話番号にとりあえず電話してみることに。電話口の反応は決して芳しくなかったが、こっちの熱意を汲んでくれ担当の方がなんとか会ってくれる運びになった。
意味不明な自作の企画書を持参し、ドキドキしながら新中野にある本社に向かった。ロビーに通されると、そこには当時発売したばかりの「TENGA」がうず高くつまれており、そのTENGAタワーの凛とした佇まいに、僕らがこれから挑む舞台である東京タワーのイメージを重ね合わせた。
お話を聞いて頂いたのは、広報担当の前川さんと杉浦さん。お二人は、緊張して自分でも何をしゃべっているのかわからない僕の話に、真剣に耳を傾けてくださった。

結果、夏目ナナさん、かすみ夏穂さん、北川絵美さん、市川由衣さんという錚々たる女優陣がランウェイを歩いてくれる、 という信じられない展開に。涙が出た。

今でも時々、あの日のことを思い出す。
服をつくりたくて、服をつくり始めたんじゃない。
着てもらいたい人がいたから、服をつくり始めたんだ。(つづく)

第五話

文化を卒業した僕は、就職はせず、アルバイトをしながら服作りを続けていた。

池袋の廃校になった小学校で、軍モノの服を解体してランジェリーとごちゃまぜにした服を発表したのもこの頃。
その発表を観に来てくださった装苑の関さんから電話があり、なんと僕の服を次号の誌面で取り上げて頂けることになったのだ。
発売日、開店と同時に本屋さんに行って、その装苑を10冊も購入してしまった。小さな記事だったけれど、僕にとってはとても大きくて価値があるものだった。
何かが始まる予感がした。

ほどなくして、その小さな記事を見つけてくれてたあるスタイリストから、電話がかかって来た。「一度服をみてみたい」とのこと。
初めて聞くその人の声はとても優しくかわいらしかった。 なんだか夢みたいな話だと思った。僕の部屋の壁に貼られた切り抜きのほとんどは、その人がスタイリングしたページだったからだ。

人と人とのつながり。つないでくれたのは、服。
2003年7月、梅雨明け間近、僕はあの人にみつけてもらえたんだ。

第四話

僕は文化の三年生になったけど、あいかわらず彼女はいない。

文化服装学院と建物的にはつながっている文化女子大学。
でも僕自身はつながれなかった、文化女子とは。

12階学生ホール。
文化女子と僕ら学院生が交わる奇跡の交差点。
しまいには、12という数字をみるだけでも、ときめいてた。

今日は、あの娘に逢えるかな。
エレベーターに乗り込み、用も無いのに12のボタンをおしたっけ。

« 2012年12月 | トップページ